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2022年度後期修了式が行われました。

2022年度後期修了式が行われました。写真と学府長式辞を掲載しています。

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人文公共学府学位記伝達式 山田学府長挨拶

さきほど、皆さん、おめでとうございます、と言って、私の方から学位記という一枚の紙をお渡ししました。何がおめでたいのかと感じられたかもしれませんが、私は、これは大変な皆さんの努力のもとに勝ち取られたものである、というふうに思っておりますので、心より皆さんに祝意と敬意を表したいと思っています。もちろん、私も含めて、教員は皆、論文を書く、修士論文を書く、博士論文を書く、という経験を経てきています。とはいえそれは、必ずしもパンデミックの中で行われたわけではありません。昨年の修了生、それから今年修了される皆さんは、最も困難な時期に研究を孤独の中で進め、それを論文という形で成果として凝縮させました。そのことは誇ってよいことである、というふうに考えるわけであります。ですので、私は心より、皆さんに敬意をこめておめでとうございます、というふうに申し上げたいと思っております。

ここから一言だけ、式辞ということなので、ご挨拶がわりに、私の専門である中国学の話などをさせていただこうかと思っています。コロナで一番何が良かったかというと、式辞が短くなった。これは大変良い傾向で、今後とも継承されるべきことではないかと思いますので、ここで元に戻してはいけません。なるべく手短に申し上げます。

皆さんが人文公共学府というところで、論文をお書きになって学位を取得されました。私たちの知的な営みというのは、いずれにしても「文」というものと密接に結びついています。例えば文献資料であり、あるいはアンケートやインタビューの結果であり、あるいは判例であり、統計資料であり、私たちの世界を解釈する営みというのは、言葉、文というものをその基礎に置いています。そしてそれを解釈して、私たちは、あなた方は、再び文というものにそれを結晶させて発信する。そのような営みをしてきたわけです。顧みると、東アジアにおいて文というのは、実は必ずしも肯定的な意味合いで使われてきたわけではありません。その代表的な単語のひとつが「文弱」という単語です。お聞きになったことはあるでしょうか。「文に弱い」と書くわけです。往々にして、これは文弱に流れて惰弱である、弱々しいというマイナスの価値観でもって語られる言葉でした。しかしながら、中国文学者の吉川幸次郎という人物がいるのですけれども、彼は、この文弱というものこそ、むしろ東アジアにおける価値である、ということを論じ、『文弱の価値』というエッセイを書いております。文弱というのは近代において、東アジアにおいて、マイナスの価値観とともに語られるようになったわけですが、吉川によるならば、もともとの用例を調べていくと、例えば文弱にして愛すべし、というように、文弱であるからこそ、好ましい人柄である、というような用例が見つかるということです。彼はそこから文弱というものを、むしろ東アジアの思想の底流にある、ある種の価値、言葉によって世界を解釈し、言葉によって説き伏せる、ということこそが、東アジアの思想の根底にある価値である、ということを説き起こすに至ります。例えばそのような事例の一つとして吉川は、本居宣長のことを述べています。本居宣長の肖像画において特徴的なのは、刀が描かれていない、ということです。平服でゆったりと座り、当時の肖像画には必ず携えられていた刀というものが描かれていない。武器というものがそこには描かれていない、ということですね。つまり、そこに吉川は何を見出すかというと、武によって威圧するのではなく、言葉によって世界を解釈し、言葉によって人と社会を説き伏せる、言葉によって世界の安寧を回復する、そのような意志というものを見出すわけです。それこそが文弱の精神であり、東アジアの思想史の底流にあらねばならない当為である、ということを彼は示唆しています。

翻って、皆さん方の営みというのは、ある意味ではまさに文弱の営みです。今や言葉は鴻毛のように軽く、世界の中では再び武力による侵攻が発生してしまい、その中でひたすら言葉を磨き続けるような皆さんの営み、私たちの営み、というものはどのような価値があるのだろうか、ということを自問せざるを得ない、そういう状況というものも現在出現しているのかもしれません。しかし、繰り返しますが、文によって世界を解釈し世界を説得する試みというのは、人間社会の根底になければならない価値であるわけで、これも繰り返しになりますが、皆さんの知的営みというのはまさにそのようなものであった、ということです。ですので、皆さんは、この困難に満ちた社会に状況の中で、かつ、パンデミックの最中に、二重に困難な状況の中で、人間社会にとって根源的な問題に向き合いながら、ご自身の研究を揺るぎない言葉で書き上げ、知的な結晶として提出されたわけです。皆さんは、幾重にもそのことを誇るべきである、というふうに私は考えています。

改めて申し上げます。本日は皆さん、本当におめでとうございます。

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博士後期1名・博士前期3名が、人文公共学府長賞を受賞し、表彰されました。

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