日本先住民地域研究部門

日本列島には現在のマジョリティを占めている人々の先祖が居住する以前から、さまざまな歴史と文化を担った人々が暮らしてきた歴史があり、現在でも暮らしているという事実があります。日本をそういった先住民の生活してきた場所という視点から見つめていこうというのが、日本先住民地域研究部門です。現在のところ、この部門の担当者はアイヌ語・アイヌ文学が専門の中川裕と、美術史が専門で現代アイヌ・アートに注目する池田忍の2名ですので、アイヌ民族が中心になっていますが、それは北海道や樺太のみを研究対象として限定するということではなく、日本という国全体をそうした先住民を内包した地域として考えていくということを前提にしています。

千葉大学に北海道二風谷の人たちを迎え、アイヌ語の合同勉強会(中川撮影)

カムイ「神々」を祀るアイヌ民族のヌサ「祭壇」。於静内シャクシャイン記念館(中川撮影)

実際に、中川はここ20年以上にわたって、首都圏に暮らすアイヌ民族の人々とアイヌ語を学び合うという活動を続けていますし、千葉大学社会文化科学研究科(人文社会科学研究科の前身)からは、首都圏出身でアイヌの血を引く院生を学術博士として送り出した実績があり、現在彼は北海道大学アイヌ・先住民センター准教授として、アイヌ文化研究と維持・復興活動に先端的な活躍をしています。
また、アイヌ・アートや音楽等のパフォーマンス、人権集会、文化継承活動などのアイヌ関連のイベントも東京周辺で日常的に開かれており、首都圏はアイヌ民族の活動地域としてどうしても外すことができない地域になっています。こうしたことからも、東京に隣接する地域の大学の一つとして、千葉大学から発信していくことは重要な意味を持ってくるだろうと思います。
その一環として、アイヌ語に関しては、中川と人社研の院生たち、そしてアイヌ語を学習するアイヌの人たちをはじめとする、様々な人たちとの共同作業の成果を、本ホームページで公開していく予定です。

メンバー・スタッフ

中川裕(NAKAGAWA, Hiroshi)
千葉大学文学部教授(アイヌ語学・アイヌ口承文芸学)
池田忍(IKEDA, Shinobu)
千葉大学文学部教授(日本美術史・視覚文化研究)

アイヌ語鵡川方言 日本語―アイヌ語辞典

故片山龍峯さんの採録した、アイヌ語鵡川方言話者新井田セイノさん、吉村冬子さんの言葉を、音声付きの日本語―アイヌ語辞典として活用できます。

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アイヌ語児童教材

子供たちを対象に、楽しみながらアイヌ語が覚えられるような教材を開発しています。誰でも自由にアクセスして、ウェブ上で遊んだり、教材をダウンロードしたりすることができます。

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アイヌ・アート

〜なぜ、「アイヌ・アート」なのか〜  池田 忍

これまで日本美術史、視覚表象研究をおこなってきた私の前に、現代の「アイヌ・アート」は、実に多面的な魅力、輝きを放つ表現として立ち現れました。同時に、それは「日本」「美術」といった既存の枠組を前提にしてきた私の美術観、造形表現の見方や考え方を強く揺さぶったのです。

北海道 音威子府村 北海道大学演習林内
ビッキの木(アカエゾ松)

北海道 音威子府村
「エコミュージアムおさしまセンターセンター 
アトリエ3モア」前 音威子府タワー(砂澤ビッキ作)

アイヌ民族の手仕事は、素材や技法、形態、文様などの変化を伴いながら、近世から近代、そして現代へと伝承されています。そして、先学が明らかにする通り、アイヌ文化には、現在の「国境」を越えて展開してきた歴史がありました。ところが近代日本の美術制度は、アイヌ民族の手仕事を、文脈に応じて、時に既存のカテゴリーから排除し、時にそこに包摂することでカテゴリーを拡充し、制度の維持、強化をはかってきました。日本美術史の通史に取り上げられることはなく、他方で「芸術」、「工芸」、「民芸」、「手工」、「手芸」、「土産物」といった既存のジャンルと概念にかかわる言葉(用語)を用い、アイヌ民族の手仕事は、分類・分断、評価され、語られてきたのです。アイヌ民族は、このような近代の日本社会に成立した文化の枠組みの内側で、手仕事、造形表現の可能性を探究することを余儀なくされました。しかし、その制作活動を検証するならば、美術の制度を作り、運用してきたマジョリティによる分類や評価を無効にするような試みが、無数に存在することに気づきます。また過去の、そして今も各地で生み出されるアイヌ民族による造形表現には、横溢する個性と、継承し共有する技法や文様への強い愛着や敬意を感じ取ることができます。
アイヌ民族による造形表現の試みを「アイヌ・アート」と呼ぶのは、既存のジャンルに挑戦しながら制作、発信する人々の発想や活動への関心を喚起し、その魅力を共有する場を広げたいと考えるからに他なりません。それは、変えるにはあまりにも堅固に見える美術の制度や規範を揺さぶるものなのです。

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